車内で聞き慣れない陽気な歌が流れる。
助手席から車を運転している友人を眺める。
褐色の肌を持つ彼は15歳の頃よく聞いていたという自国の歌を気持ち良さそうに歌っている。
「インドでこの曲を聞いてた俺に、
将来、トロントで日本人の友人とドライブしながらこの歌を歌うことになる
って言っても昔の俺は信じないぜ」
昔とは違い、彼はもうカナダパスポートを持ったカナダ人だ。
こんにちは、トロントを歩いていてインド人を見ない時はありません。
「インド人の生徒はお断り」
と日本語を学びたいと日本人女性に個別で頼んだところ、そう言われて断られてしまったと語る彼の話に耳を傾けながら、こういう事は慣れているんだろうと思いました。
現在、私は趣味で彼に日本を教えています。
インド人に対する偏見はどこの国の人にもあると思います。
私もその一人です。
彼がトロントに着いた時、一番嫌な思いをしたのは、自分の英語の訛りを指摘されることだったそうです。
彼は私の前でヒンディー語を話したことがありません。
アメリカンコメディなどでは、インド英語の強い訛りを持った女性好きのキャラクターがとても多く出演します。これがアメリカ大陸出身の人達が考える典型的なインド人です。
そんな彼が自分から昔の聴いていた音楽をかけて、「自分でも覚えているのに驚く」と言いながら自国の言葉を使って歌う彼の姿は爽快でした。
私も同じような経験があります。自分の英語が日本訛りだったことを指摘されたり、面白おかしく言われたりして恥ずかしい思いをしました。
悔しかったので、その時から彼のように日本語を話すことをやめました。そうすると自然と舌が慣れてきて、訛りが消えます。
しかし、今思うとそれはとても寂しいことだったと思います。
あんなに向き合ってきた自国の言葉を捨てるなんて自分を否定するような行為でした。
今の私は日本語訛りであろうが、もう恥ずかしいと思うことをやめています。
自国が好きです。その次に他の国の言語を喋るのも好きです。
私も彼と同じような気持ちになったことがある。
英語が喋れず、英語自体が大嫌いだった当時の私に、英語が喋れるようになって海外を転々としてるよと言ってもあの頃の私は信じないだろう。